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バッターボックスに立て One Japanese Student's Diary in London

博士号取得のためロンドンに留学中。日本・東アジアの歴史を研究しています。

留学生・為替相場・Brexit

 大上段に振りかぶったような話が続いたので、少し小話めいたものを挟もうと思う。

 

 私が留学を開始したのは昨年7月中旬(語学学校のサマースクールから参加、正規課程は9月開始)だった。これは丁度EU離脱・残留に関するレファレンダム(6月23日)の興奮冷めやらぬ頃であった。

 勿論、日本にいて出国準備をしていたと同時に、Brexitには常に注視していた。英国と欧州の政治・外交・社会に対する興味と同時に、実利的な関心もあった。為替相場の変動を注視していたのである。

 詳しくは後に記事で述べるが、私は二つの奨学金を受けることが内定していた。一つは留学先の大学が出しているfull-funding(授業料・生活費総て込み)の奨学金(ポンド)であり、もう一つは国内の奨学金財団から得た奨学金(円)であった。両者を単純合計すれば相当ゆとりのある生活を送ることができたが、当然そうはならない。大学側からすれば、ある学生の資金に十分なゆとりがあるならば、その分を削れば、もう一人別の博士学生に奨学金を支給できるわけである。もっとも、学生側も、完全にfull-fundingのものと同額では、別の奨学金の審査を突破したメリットがなくなるので、両者を合計して、一人分の授業料・生活費になるような金額に多少色をつけた程度の額となるように調整される。具体的なさじ加減は、留学生と大学事務との個別の交渉で決まる。交渉の結果、私は、授業料は大学負担(ポンド)、生活費は二年目まで国内奨学金負担(円)・それ以降は大学負担(ポンド)となり、そして国内奨学金に付いていた一定額の研究費(円)も自分で使えることとなった。

 つまり、最初の二年の生活費や、研究費に関しては、円ーポンド相場の変動が大きな意味を持つようになったわけである。

 

 Brexit前の年は、ポンドは非常に高く、確か1ポンド=180円や190円以上となることもあったはずである。英国の生活実感としては、だいたい1ポンド=100円で計算すると日本での買い物の感覚に近くなるのだが、実際は二倍程度高い。先に留学していた友人によれば、頭の中で180円をかけて計算してしまうと高過ぎて何も買えなくなってしまうので、務めて無心でスーパーマーケットに行くようにしている、とまで言っていた。しかし、Brexit前にはポンドはじわじわと下がり続け、150円後半ー160円程度になるまで至っていた。

 投票でremainが決定されれば、ポンド相場は反発し、前年の水準まで戻ることも想定された。当座に必要な分のお金については、私はぎりぎりまで相場が下がったところで両替しようと考えていた。勿論、leaveになるとは思わず、最後の最後にはremainになるだろうと思っていた。

 投票直前、議員が撃たれる事件が起こった際に、世論調査は一時remainがleaveを上回る揺り戻しが起こった。私はその時点でこれ以上ポンドが下がることはないと判断し、50万円分をポンドに替えた(本当はもっと替えようと思ったが、若干日和見したのである。しかし、そのため結果的には傷口を広げずに済んだ)。その時点では確か1ポンド=155円程度であり、自分としてはいい時期に替えたといった感覚であった。しかし、結果はご存知の通りleaveであって、開票中の数時間、ポンド相場は荒れに荒れ、最終的には確か1ポンド=130円前半くらいにまで下落した。その後、じわじわとポンドは下がり続け、秋頃には一時125円程度にまでなった。

 奨学金があるからといって、一介の留学生であり、決して裕福な生活であるわけではない。試みに計算してみると、1ポンド=155円の場合、50万円は約3,226ポンド、1ポンド=130円の場合、50万円は3,846ポンドである。差額は620ポンドで、これは大体私の現在の学生寮の一ヶ月分の家賃に相当する。相場の判断ミスで一ヶ月分の家賃をふいにしたことになり、ひどく落胆したのを覚えている。同時に、将来的にも、為替の投資には絶対に手を出さないと心に誓った。

 

 同様の考慮は、他の留学生もしていたようであった。正規進学の前に、進学予定者のFaebookのグループがあり、そこに参加していたのであるが、Brexit決定当日の日には、それを嘆き悲しむ声と同時に、「皆ニュースを見たか!学費が大幅値下だ!やった!」と喜ぶ声もあった。実際、大学院、とくに修士課程の学費は一年で約20,000ポンドと、日本とは比べ物にならないくらい高額なので、例えば1ポンド=155円⇢130円であれば、310万円⇢260万円と、50万円もの差が生まれる。前年の1ポンド180円や190円の頃と比較すれば、100万円以上の差が生じる。

 もっとも、「ポンドの価値が下がるのなら、むしろ授業料を値上げするだけでは?」という声もあったし(結局、今年度分の学費値上げはされなかったのだが)、経済的問題ではなくmulticulturalismの限界を露呈していると捉えられる面の方が大きかったので、皆が賛同していたわけではない。むしろ、敢えて学費の実質値下げを喜ぶのも、そうでも言わないとやってられるかという、やけっぱちな面もあったのだろう。この話をどう位置付けるべきか、まだ自分の中で整理し切れていないが、Brexitにまつわる留学生の一つの裏面エピソードとして記録しておきたい。